日本女子バレーボール界、悲願の五輪出場をかけて臨んだ2004年アテネ五輪世界最終予選で「最後の切り札」として主将に抜擢される。柳本ジャパンの精神的支柱として、闘志を前面に出すスタイルでチームを牽引。見事アテネ五輪出場を果たし日本中を沸かせた。 国内のみならずイタリアでの海外プレーの経験も併せ持ち、また、国内では所属した全てのチームで優勝という華やかな戦績を残し「優勝請負人」と呼ばれ、五輪出場3回の経験は日本女子バレーボール界の至宝と言っても過言ではない。 2006年5月現役生活18年に終止符を打つが、今後のバレー界のみならずスポーツ界全体からその後に注目が集まっている。2008年5月、東京オリンピック・パラリンピック招致委員に就任。2016年東京でのオリンピック実現に向け活動中。後進の育成や、自己の活動の幅を広げ更なる飛躍を誓い活動を展開している。